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まじないに掛けられて【yspr夢小説オンリー:展示作品】
まじないに掛けられて【yspr夢小説オンリー:展示作品】

まじないに掛けられて【yspr夢小説オンリー:展示作品】

 ああ、なんて退屈な日々だ。大事なものを抜き取られたような寂しさが、授業終わりのチャイムと共に込み上げてくる。
 教室の窓の向こうは、まだ誰もいないグラウンドと真っ赤に染まった桜の木々。風に揺られ、色づいた葉を落としていく。一枚一枚、ゆっくりと時間をかけて。
 そんな景色を眺めながら、つい、やけくそのような欠伸をひとつした。葉を落とす木々を眺めていると、ふと先日の出来事が鮮明に頭の中に浮かんでくる。紅葉に包まれた大きな会場、ステージを照らすスポットライト、マイクに向かって原稿を読み上げる各学校の生徒たち。そして──。
 担任の号令がかかると生徒たちは一斉に起立し、一礼する。私も慌てて立ち上がり、一礼した。ゆっくり席に座ると室内の緊張は解け、一気に賑やかになる。今日も長い一日だった。帰ったらふかふかのベッドで何も考えずに眠りたい。
「……ねえ」
 いまだ頭の中がぼんやりとした状態のまま、私は机に置いていたお気に入りのペンケースをおもむろに鞄へと仕舞う。席を立ち、鞄を持ってその場から立ち去ろうとした時、誰かに右腕を勢いよく掴まれた。
「ねえ、ちょっと待って……っ!」
 驚いて振り向くと、視線の先には学校一の人気者である不二周助がいた。美少年とはまさにこの人のことを言うのか、と思えるほどに顔がかっこいい。テニスにおいては、彼を”天才”と呼ぶ者もいる。偶然にも二学期で隣の席となったが、これまでさほど会話をしたことがなかった。
 そんな彼が、何やら慌てた表情を浮かべている。
「今日、当番だよ」
「えっ...!?」
 突然、引き止められて何を言われるのかと思えばそんなことで、高まっていた期待が、すっと落ち着いていく。
 彼は前の黒板を静かに指さしながら、私の視線を誘導した。確かに、日付の下に私の名前がはっきりと確認できる。あれ、おかしいな、今日だったっけ。
「帰ろうとするから焦っちゃった」
 クスッと笑った彼は、私の腕からゆっくりと手を離した。握られていた右腕に感触が残る。思っていたよりも冷たくて、そして、細長い手だと思った。華奢な割に力は強い。
「ふーじー!帰るよー!」
 ちょうどいいタイミングでクラスメイトの菊丸くんが私たちの席にやってきた。同じテニス部だったこともあり不二くんとは仲が良い。また、ムードメーカーでもあり、男女問わずみんなに慕われている。
「ごめん、英二。今日は用事があるから一緒に帰れないや」
 つかの間、菊丸くんはキョトンとした。普段は断ることがないのだろう。だが、隣にいた私の顔を見ると突然ニンマリした。
「にゃーるほどね! おっけー、じゃあ、また明日!」
 そう言って菊丸くんは教室を出て行ったが、その間も頻繁にこちらをチラチラと気にする素振りを見せた。無理もない。同じクラスとはいえ、私が不二くんと関わっている姿は、これまでに一度もなかったのだから。何となく気まずい気持ちが胸の中に広がった。
 菊丸くんをはじめ、室内にいた生徒たちは帰る支度をし、教室を出ていく。それに伴い、教室内の騒めきも次第に落ち着いていった。
 私の席は窓側の一番後ろで、室内全体を見渡すことが出来る。毎回、席替えのクジ引きでは、この席が当たると歓喜が湧く。とても人気がある場所だ。私は基本、最前列でなければどこでも良いのだけど、いざ、こうして一番後ろの端の席で過ごしてみると、その居心地の良さに驚く。もう二度と席替えは行わないで欲しいと思うほどに。
 私は、その場所から教卓へと向かった。
 教卓には、先程、担任が置いていった学級日誌があった。日誌を書くのも日直の仕事だ。これが地味に面倒くさくて、個人的にはあまり好きではない。ふと、ため息をついて、それを手に取ると踵を返した。振り返ると不二くんがこちらを見ていたのか、一瞬、目が合った。もしかして、ずっと私の様子を見ていたのか。途端に恥ずかしさが込み上げてきて、足早に席に戻った。
 日誌を机に置き、椅子に座ってもなお、横から視線を感じる。何か言いたいことでもあるのだろうか。そう思い、私は顔を上げて彼の方を見た。
「なに?」
「えっ?」
 不二くんは驚いた顔で私を見つめた。
「さっきから何か言いたそうにしているから......」
「あ……ごめん、そうじゃないんだ」
 彼は何かを考えた後、また口を開いた。
「何でもないよ、気にしないで」
 一体なんだろうと首を傾げたが、彼は本当に何でもなかったかのように鞄から英語の教科書とノートを広げて勉強を始めた。先程、菊丸くんに用事があると言ったばかりではなかったのか。疑問に思った私は更に問い掛けた。
「あれ、用事があるんじゃなかったの?」
 彼はノートから視線を外した。そして、私を見ると優しく微笑んだ。
「僕の用事は、それ、だよ」
 不二くんは、私の机にある日誌を指さした。一瞬、何を言っているのか分からなかったが、次第に彼が私の隣の席であることに気付いて、ああ、なるほど、そういうことか、と納得した。次の当番は隣の席である不二くんだ。明日の予定を今日のうちに書いておいて、早めに自分の仕事を終わらせようとしているらしい。
「明日、英二に勉強を教えなくちゃいけなくて。前回の期末テストが、あまりにも酷かったもんだから、僕に泣きついてきたんだ」
「それは大変だね」
「ホント参っちゃうよ。まあ、大会の真っ最中だったから仕方なかったんだけど。なんて言う僕も、結構危なかったかな」
 彼の言葉に私は、意外だ、と思った。テニスも勉強も何でも卒なくこなすタイプだと思っていたからだ。やはり、それだけ毎日ハードな練習をこなしていたのだろう。とはいえ、彼が授業中に居眠りしている姿は一度も見たことがなかった。
 不二くんは再びノートに視線を落とすと、持っていたペンを走らせた。
 いつの間にか私たち以外のクラスメイトは教室を出ていき、あっという間に室内は静寂に包まれた。教室で彼と二人きりという状況が初めてで、妙に緊張した。
「あの……今更かもしれないけれど、全国優勝おめでとう」
 先ほど、部活のことに触れていたので、ふと言いそびれていた言葉を口にした。
 テニス部が優勝した時は、学校中が大騒ぎだった。夏休み明けの全校集会では表彰式を行い、先生たちはことあるごとにテニス部の話題をし、放課後になると青学の女子一同がテニスコートへ殺到する始末。あまりにも勢いが凄かったので、同じクラスである不二くんや菊丸くんに声を掛けることを躊躇った。だから、この言葉を伝えたのが今になってしまった。
 不二くんは動きを止めて私を見つめた。一瞬、驚いたようにも見えたが、すぐにニッコリとやわらかい表情を見せた。
「ありがとう! まさか、キミからその言葉を言ってもらえるなんて!」
「意外だった?」
「うん、あまり、そういうの気にしないタイプかと思ってた」
 私は小さく笑った。
「学校中が大騒ぎだったから躊躇していたんだよね。寄ってたかって言われすぎると、さすがにしつこいかなって。ごめんね、遅くなってしまって」
「全然構わないよ。むしろ嬉しいかな」
 不二くんは、あ、と続けて声を出した。
「キミも夏に大会があったよね?」
「……えっ?」
「ほら、放送部の」
 彼の言葉に胸がドキリと音を立てた。
 ひとつの記憶が頭の中に溢れ出し、洪水のように印象的な場面が流れ込んでくる。紅葉に満ちた歩道を、泣きながら歩く部員の姿。静寂に包まれた大きな会場とたくさんの人々。名前を呼ばれ、スポットライトに照らされたステージへと上がると、スーツを着た大人たちが観客席の中央よりもやや後ろの方に並び、私を見据えている。

「……大丈夫?」
 不二くんの声で、はっと我に返る。彼は心配そうにこちらを見つめていた。また、過去の出来事がフラッシュバックしていたらしい。ああ、嫌なことを思い出してしまったな。
 私はすぐに頷いて「大丈夫」と小さく返事をした。そして、続けて彼に尋ねた。
「どうして、知っているの?」
「え?」
「私が放送部で、夏に大会があったっていうこと」
 他の部活の大会事情なんて、公に公開されていないのだから知る由もないはずだ。しかも放送部なんて文化部の中でも割とマイナー寄りの部活。なぜ、彼は知っているのだろうか。
 それまで真剣な表情を見せていた不二くんが、突然、クスクスと笑い出した。
「だって、ほら、放送部の人って目立つでしょ? 全校集会の時や体育祭の時は前に出て司会をするから、知らない人の方が珍しいと思う」
「た、確かに……」
 言われてみればその通りだ。司会だけでなく、音響や照明などの機材を扱ったりすることの方が多かったので、自分を影のような存在だと思っていたが、度々、クラスを抜けることになるので、それが逆に目立ってしまうのか。部員数も他の部活と比べてかなり少ない。なるほど。それはそれで納得できる。だけど、夏に大会があるなんて、部員以外は誰も知り得ない情報だった。
「ごめん、聞いちゃダメだったかな?」
 再び、黙り込んでいる私を見て、不二くんは気まずそうに問いかけてきた。私は慌てて顔を上げる。
「あ、いや、大会のことまで知っていたからびっくりしちゃって!」
 そして、一呼吸置くと、不二くんから視線を逸らした。
「まあ、それに、良い結果ではなかったし……」
 もう一度、頭の中に過去の情景を思い浮かべた。
 彼の言う通り、放送部も夏に都大会が開催された。大会は朗読部門とアナウンス部門で分かれており、朗読部門は指定された原稿を、アナウンス部門は指定された長さまでの原稿を自分で書き上げて、それを会場のステージで読み上げる。表現力と文章力(朗読部門なら抜粋した箇所のセンス)が試されるこのコンテストは、はっきり言ってシビアだ。放送業界においても多くの著名人を輩出している青学の放送部に憧れて入部した私は、一年も二年も満足のいく結果を残せなかった。だから今回が自分にとって、中学生最後の大勝負だった。今まで数々の練習も乗り越えてきたし、三年生ということもあって、部員の誰よりも大会について考えてきたつもりだった。
 全国大会に出場するためには最優秀賞か優秀賞のどちらかを受賞しなければならない。だが、結果は入賞で都大会止まり。さらに私以外の部員は誰一人名前を呼ばれることもなく、今大会は幕を閉じたのだった。
 この時、私は初めて涙を流した。
 部員全員で泣きながら帰路についたあの日が何度も蘇る。先輩として納得のいく結果を残せないまま部活を引退したことも、あの日、後輩に励ましの言葉を掛けられずにいたことも、その全てがずっと心に残ったままだった。

 私は震える声で、彼に順を追って説明した。彼は時折眉を寄せながらも、最後まで真剣に聞いてくれていた。その姿を見て改めて優しい人だなと思った。
 そして私が話し終えると、不二くんは悲しい表情をして「そっか、それは残念だったね」と慰めてくれた。
 しばらく沈黙が続いた後、再び彼が口を開いた。
「……もしかして、キミが最近、心ここに在らずの状態だった原因ってそれかな?」
「え?」
「ほら、最近、僕が呼びかけても反応しない時が多いから」
 先ほど腕を掴まれて呼び止められたことを思い出して、思わず肩を竦めた。
「……ごめん、気付かなくて」
「いや、僕は全く気にしていないから大丈夫だよ。むしろ、ずっと何かあったんだろうなって思っていたんだ。ようやく分かって安心した」
 そう言ってニッコリと微笑む不二くん。その綺麗な笑顔に思わず見惚れてしまい、はっと視線を逸らした。なんと返したら良いか分からず、しばらく呆然と目の前にあった日誌を見つめた。どうしよう、何一つとして言葉が出てこない。

「あっ、あれから、色んなことを考えてしまって……」
 咄嗟に出た言葉は、先ほどの続きだった。もうこの際、私が思っていたことでも話そうか。
「色んなこと?」
「うん……私、きっと向いていないんだろうなって。たくさん練習を頑張ってきたつもりだったんだけど、やっぱり才能に溢れる人を見ると、どうしても自分と比べてしまって……」
「……才能、か」
 思っていたよりも低い声が耳元で響いた。
「ところで、才能がある人は必ず成功すると思う?」
 彼の唐突な問いに、私は目をぱちくりさせた。何をいきなり、と思ったが、彼は私の言葉を待っている。しばらく考えた後、一つ咳払いをして大きく頷いた。
「才能がある人とない人で言ったら、もちろん才能がある人の方が成功するに決まっているでしょ?」
 不二くんは余裕のある笑顔を見せた。
「本当に?」
「……うん」
 今度は小さく頷く。それでもそう言い切れるのは、自分自身がそれを証明しているから。
「私には才能がなかった、だから選ばれなかった。悲しいことに才能がない人が、どんなに頑張っても意味がないんだと思う」
 言っているうちに、今まで溜まっていた泥のようなものが一気に流れたような気がした。知らず知らずのうちに目が潤んでいたらしい。辺りは白くぼやけていた。
 彼は何も言わず、ただ黙って静かに私を見つめていた。突然、目の前で泣かれたのだから何と返したら良いのか分からないのだろう。自分でこの状況を作っておきながら、ああ、何で話題を変えなかったんだろうと後悔した。
 袖で軽く涙を拭い、さっきのは気にしないで、と伝えようとした時、彼が先に口を開いた。

「……すでに知っているとは思うんだけど、才能がある人っていうのは、生まれながらにして特定の分野に置いて卓越したものを持っている人のことを言うんだ。でも、それで必ず成功するとは限らない」
 言いながら不二くんは顎に手を当てた。
「つまり、才能がある人っていうのは成功する人ではなくて、成功する可能性を秘めているだけなんだ。だから日ごろからの努力がすごく大事になってくる」
 呆然と不二くんの方を見つめる。まるで遠くにある何かを見るみたいに彼は目を細めていた。誰か、それに該当する人でもいるのだろうか。
「成功する可能性……か」
「そう!」
 私が呟くと不二くんは切れ長の瞳を輝かせて頷いた。
 天才と呼ばれた彼も、そう思いながら誰も知らぬところで必死に頑張っていたのかもしれない。知らなかったけれど、本当はものすごく貪欲に努力する人なのかもしれない。たった短い会話で、彼の人間性が見えた気がした。
「……でもさ、それって才能がある人の話でしょ?」
 私にはそれがないからさ、と言うと、不二くんは困ったように笑った。
「気付いていないのかもしれないけれど、キミの声はとても綺麗だよ。柔らかくて繊細な響きで、きっと誰にも真似できないものを持っていると思う」
 一瞬、何を言われているのか分からなくて、目をぱちくりさせた。
 不二くんは戸惑っている私を余所に更に続けた。
「実は、ずっと思っていたんだ。校内放送で流れてくるキミの声が好きだなって」
 だから諦めないでほしい、と、彼は付け加えた。
 甘ったるい蜜のような言葉が私の耳に残り、何か、みぞおちあたりに熱いものが上がってくる。
 私は咄嗟に俯いた。
 不二くんは、ただ単に落ち込んでいる同級生を励ましてくれているのだ。それを頭では理解していても、動悸が止まらない。彼は察しがいいので、私みたいにあまり関わっていない同級生の些細な変化にもすぐに気が付くのだろう。この期待が大きく膨らまないように、また、このことは彼にバレてはいけないと必死に自分の感情を抑え込んだ。
「……あれ? 元気出してくれるのかと思ったのに」
 不二くんは動揺している私の顔を覗き込んだ。ああ、どうしよう、今は彼の顔が見れない。お願いだから、そんなにこちらを見ないでほしい。
 すると突然、不二くんが席を立った。一瞬、御手洗かと思ったが、どうやらそうではなく、私の真横に来た。恐る恐る見上げる。目が合うと彼は微笑んだ。そして彼は膝を曲げて腰を落とし、私と同じ目線の高さにした。どうしよう。想像以上に顔が近くて心臓が跳ねまくっている。
 不二くんは両手を差し出した。
「元気が出るおまじないをかけてあげる。こっちを向いて手を出して」
 言われるがまま不二くんのいる方を向き、ペンを置いて右手を差し出した。一体何をされるのだろうと身構えていると、私の手のひらに何か指の腹で文字を書いた。それがくすぐったくて、でも声には出さないように必死に堪えた。しばらくして彼が何かを書いた後、今度は私の手をくるりとひっくり返した。え、と声が漏れたのもつかの間で、すぐに彼は、私の右手の甲にそっと口付けした。身体中が熱くなり、頭が真っ白になる。一体、何が起きたのか、自分でもよく分からなかった。

「これは昔、僕が落ち込んでいた時に、僕の姉さんがしてくれたおまじないなんだ。本当に良く効くんだ。これで、しばらくは大丈夫だよ」
 彼はそう言うと、また何事もなかったかのように自分の席へと戻っていった。

 教室の窓からは淡いオレンジ色の光が差し込み、私たちを照らす。
 私の意識は空高くへと引き上げられてしまうような感覚に陥った。
 広げたままの日誌は、まだ何も書けておらず、先ほど彼からおまじないを受けた右手がしばらく小刻みに震えていた。

End

2023年10月28日~29日 🎾yspr夢小説オンリーイベント『夢小説創作オンリー 醒めない夢で Party Time! 』開催おめでとうございます!
不二先輩のネームレス夢小説を2014年2月1日に執筆したものの、どこにもアップしていなかったので、本イベントが開催されるということで、展示に向けて加筆修正いたしました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。

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