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これが氷帝学園 男子テニス部
これが氷帝学園 男子テニス部

これが氷帝学園 男子テニス部

 王様気取りの男なんて大っ嫌い。

 生徒会室から出た辺りで募りに募っていた鬱憤がついに爆発した。歩く速度はもはや尋常ではない。あんなに距離があった部室も一瞬にして到着した。
 頑丈な部室の扉を勢いよく開け、手にしていた分厚い資料を机に叩きつけると、どかっと勢いよく椅子に座った。巨大スクリーンがある部屋では、すでに着替えを済ませたレギュラーメンバー陣が各校の試合のDVDを観て研究していたが、私の急な登場に驚いて慌ててビデオを止めた。
「なんや、どないしたん?」
 先に話しかけてきたのは、あの伊達眼鏡の忍足侑士だ。息のかかった口調がさらに苛立つ。
「……何でもない」
「何でもないなら、そんな態度せえへんやろ」
 呆れたように首を振った忍足に、私は頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ありゃーどう見てもあいつと何かあったよな?」
「ここまで機嫌が悪いマネージャー、初めて見たぜ」
 コソコソと横で向日と宍戸が呟く。私は思いっきり彼らの方を睨みつけた。ええ、そうですよ、全部あいつのせいだ。
「向日さん、宍戸さん、声が大きいですよ」
 相手が先輩であるにも関わらず、日吉は堂々とした態度で言い放った。
 彼らの言うとおり、私がこんなに苛立っているのは初めてかもしれない。

 —数時間前、いつものように各部活の部長とマネージャーたちが生徒会室に集められ、今後の予算やそれに伴う活動について話し合っていた。男子テニス部は跡部財閥の支援で多額の予算がかけられており、今ある設備等を見直すようにと告げられた。そこまでは良かったのだ。
 話し合いが終わり、部活へ行こうする私を跡部が咄嗟に引き留めた。そして、いつものように手を大きく掲げ、パチンと指を鳴らして樺地を呼ぶと、彼は一体どこからやってきたのか、辞書よりも分厚い資料を抱えて現れた。
「新しい設備に関する資料だ。全部、目を通しておけ」
そう言われて樺地から受け取った資料のページをめくると、どれも小難しいことばかりが書かれていて、思わず目を見開いた。
「冗談でしょ!?これ、全部?」
「全部把握しておくようにと、榊監督からの指示だ」
 いくら何でも設備に関する内容をすべて把握しろだなんて無理がある。最新の球出し機、話題になっているスリンガーバックならまだ分かるのだが、コートの下地からコートサーフェスになれば専門用語がつらつらと並べられており、中学三年生の私がとても理解できる内容ではなかった。
「これは…中学生が分かるような内容じゃない……」
 震える声で、そう呟く。
「マネージャーなんだから、そのくらい把握しておいて当然だろうが、あーん?」
 彼は岩壁を貫くような目をしていて、瞬き一つしなかった。
 普段だったら、これくらいのことでは沸点に達しない。だけど、今回のこの分厚い資料にプレッシャーを感じてしまったのか、私は目の前にいた跡部に対してきつく睨み返してしまった。
「この後、各部の報告会議だから、部員たちにはちゃんと練習するように言っておけ」
 彼は明らかに私の表情を見ていたはずなのに、まるで機械のような冷静さで、とても落ち着いた口調で言い放った。それがまた悔しくて、腹立たしい気持ちがこみ上げてくる。余裕がなくなった私は、勢いよくその場から立ち去った。
そして今に至る。
「大体、あいつ、人をなんだと思っているのよ」
 腕を組んで目の前に置いた分厚い資料を見つめながら、吐き捨てるように言った。
 ゆっくりと忍足が近づいてくる。
「まあ、跡部も悪気があるんやないで」
「何それ、なんであんたが分かるのよ」
「そんなん、いつものことやないか」
 ため息交じりにそう告げられ、私はいったん黙り込んだ。
 忍足の言うように、確かに彼はこの氷帝学園の生徒会長であり、また男子テニス部の部長でもある。バラバラな人たちをひとつにまとめ、より良い方向へと導いていくのが彼の役目だ。これは誰にでもできることではない。上に立つ存在であるからこそ、石のように固い信念は己をも厳しくさせる。だからこそ、時折発せられる言葉は氷のように冷たく、また鋭く突き刺すように感じることがあるのだ。
 そんな彼と私は、まるで違う。彼みたいに、これくらいのことでへこたれない精神力があれば、とは思うのだが、生憎私にはそんな固い信念は持ち合わせていない。
「立場上、仕方ないとはいえ、こっちの気持ちも考えてほしいのよ」
 口を尖らせて呟くと、隣にいた忍足が小さく首を振った。
「せやけど、跡部はマネージャーちゃんには甘いんやで」
「はあ?」
 びっくりして思わず強い口調で返事をした。
「気づいてなかったん?なんや自分、鈍いなあ」
 微かに薄笑いを浮かべた忍足を凝視する。
「侑士、あんまそんな言い方すんなよ」
 頬杖をついてこちらの様子を伺っていた向日が、ぶっきらぼうに口を挟んだ。それに続いて鳳が前に出た。
「そうですよ、跡部さんはマネージャーさんのこと、大事に思っているんですから!」
「お、おい、長太郎!それをあまり大きな声で言うもんじゃねえ!」
 鳳の直球な物言いに、宍戸が取り乱す。ますます、この状況が分からなくなり、私の頭の中は混乱状態に陥った。
 その時、部室の扉が開いた。
「おい、てめえら、練習サボってるとは良い度胸じゃねえの」
 それまで賑やかだった部室が、一瞬にして凍り付いた。
 部屋に入ってきた跡部を、私は静かに見つめる。束の間、彼と視線がぶつかった。
「なんや跡部、今日、報告会もある言うてたんに、終わるの早いわ」
忍足の言葉に、跡部はふんっと鼻を鳴らした。
「大事な報告は事前に済ませていたからな。こんな無駄な会議で練習時間が削られるのは御免だ、なあ、樺地」
「ウス」
「ところで、お前ら、早く練習を始めろ」
 部員たちは跡部の言葉に肩をすくませて、慌てて部屋を出て行く。隣にいた忍足は、私の肩に手を置いて微笑んだかと思うと、すぐに立ち去って行った。いつの間にか跡部の隣にいた樺地も、床で寝ていた慈郎を抱えて練習に向かい、部室はとうとう彼と二人きりになってしまった。お互いに気まずい空気が流れる。
「おい、マネージャー」
「なに」
 先に沈黙を破ったのは、跡部だった。
「部員たちとよろしくするのはいいが、資料にはちゃんと目を通しておけ」
「分かってる、読めばいいんでしょう、読めば」
 目の前にあった分厚い資料を手に取り、半ば苛立ちながらページをめくる。その様子を静かに見ていた跡部が、ゆっくりと口を開いた。
「ひとつ、言っておきたいことがある」
 不意に胸がドキリと音を立てた。私は資料から視線を離し、跡部の方を見つめる。何を言われるのだろうと身構えた。私の出来なさを罵るのか、はたまた、この幼稚な態度を一喝するのか。どちらにせよ、今の私には、それを言われて受け止められるほどの心の余裕はない。緊張で全身を強張らせていると、彼は私の予想とは打って変わって淡々と語り始めた。
「氷帝学園は、いうまでもない強豪校だ。強い選手に憧れて入部するやつは多い」
 跡部は静かに私を見つめた。
「今や、総勢200名を超える。そんな大勢の部員たちをサポートできるのは、お前だけだと思っている」
 束の間、目を見開いた。まさか、そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったからだ。
「……そんなの、他の人でもできる」
「いいや、できない」
 すかさず言葉を挟んできた跡部を見た。彼の眼差しは真剣そのものだった。
「俺様はずっとお前を見てきたんだ。確かに、部員数が多くてやることも多いが、それを約2年間、投げ出さず続けてきた。それは紛れもない事実だ」
 これまでマネージャーを希望する者も多かったが、彼の言う通り、私以外の全員が辞めていった。やはり総勢200名を超える部員をサポートすることは容易ではない。
 跡部は腕を組んで、私を見据えた。
「何もひとりでやれと言っているんじゃない。俺様は、この資料については全て把握している。分からないことがあれば、俺様に聞けばいい。付きっきりで教えてやる」
 相変わらず上から目線な物言いに、ふと耐え切れず、笑みをこぼした。でもそれは、少しだけ肩の重荷が下りて、私の心の中に余裕が生まれた証拠でもあった。
 私の突然の笑みに、彼は最初、怪訝な表情を浮かべていたが、やがて何かを察したのか、次第に薄っすらと笑みを浮かべた。
 それまで張り詰めていた空気はゆっくりと薄れていき、遠くから部員たちの掛け声が部室の中に響き渡った。窓から射し込んだ光は、机の上にくっきりとした窓枠の影を作っている。光に照らされた目の前の資料を手に取ると、私はそれを跡部に見せつけた。
「早速だけど、まず、専門用語が多すぎて、ぜんっぜんイメージできない」
 そこには新しい設備の使い方が書かれていた。
「分かった」
 彼は次に思いもよらないことを口にした。
「今度の日曜日、管轄の工場に連れて行く。家まで迎えに行くから準備しておけ」

===
おまけ
向日「今度の日曜日、練習オフになったけど、なんで?」
忍足「なんでも、跡部とマネージャーちゃんが、新しい設備のために工場見学するらしいわ」
向日「まじかよ。結構ガチじゃん」
忍足「その日、跡部がマネージャーちゃんの家まで迎えに行くらしいわ」
宍戸「おい、そ、それって・・・」
鳳「いわゆる、デートですね!宍戸さん!」
宍戸「ば・・・っ!声が大きい、長太郎!」

20121107 執筆
20231212 加筆修正

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